日誌。

 
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08
 
注意:映画をご覧になって好意的評価を抱かれた方は、続き部分を読まない方が吉。
さすがジブリ、「映像」は綺麗でしたし、「声」も素敵でしたけれど……。
ネタバレ全開なので反転。

チケット等に描かれていた「竜とアレン」を見た時に感じていた違和感は、映画を観て解消しました。
原作では、ゲドを守るように、竜の前に立ち塞がっていたアレン。
映画では、竜に両腕を差し伸べるようにしているアレン。
この違いは、竜=テルーだったからなのだ、と。

原作3巻と共通していたのは、
・魔法が失われつつある世界
・力を失った呪い師がインチキ商売で生計をたてている
・アレンが奴隷として連れていかれかけるところをハイタカが救出
・クモと呼ばれる魔法使いとハイタカの過去の確執
……くらい?
時間にして半分以上は原作と異なる展開と言えるのでは。
生憎「原案」とされている作品を未読なので、そちらに沿ってストーリーが展開されたのかもしれませんが。

死を恐れず避けず受け容れることで「生きる」ことができる。
それがこの作品のテーマであり、映画もそこは尊重していたと思いますけれど。
じゃあテルーの再生は何なのか。
死んでも生きかえる人に「死を恐れるな」と言われても説得力が……。

死への恐怖を克服したアレンvs永遠の命に拘り続けるクモという図式が強くて、後半は大賢人ゲドに殆どいいところなしなのも、すっきりしない一因。

死を不安がり、闇の心に身体をのっとられたとしても、それが冒頭の父親を刺すという行為に結びつく理由が解らないまま終わってしまったように感じました。私の読解力が足りないだけかもしれませんが。
テルーに再会を誓い、アレンは故郷に帰っていくけれど、国王殺しの王子となれば、よくて放逐(これならテルーの元に来られる)、実際のところ生涯幽閉もしくは早期極刑モノじゃないかと。

結論。
私がもし原作者なら、これだけ改造されたものを自分の作品として発表されることは拒否します。そんなに心広い方じゃないので。
多分、タイトルが全く別の物で、キャラクター名も異なっていて、「原案」なり「参考」なりの名目で「ゲド戦記」とされていたならば、やさぐれずにすんだのですが。

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